ただいま

今私がどこに居るかって?
そんなこと誰も興味ないから教えないもんね。
…と言いつつ。

昔私が住んでたところに来てるんだよ。
とっても物好きな旅行をしにね。
もちろん一人で。
友達なんて居るわけ無いじゃん?
寂しくなんかないもんね。

しんと静まり返った道を一人歩いていく。
そこそこ有名な観光地の近くだから…日中なら人がたくさん居るんだろうね。
じゃあなぜ深夜に来てるのかって?
苦しかった過去を懐かしむためだよ。

ここは私が学生の頃住んでた場所。
色々あって苦しいことが多かったけど。
あーあ、普通の女子大生ならさ、もっとさ、青春真っ盛りの時期なんでしょ?
一方の私は…とぼそぼそ考えていると目的地が見えてきた。

私のちょっと先のあの橋の上。
よく見たらカップルが歩いてるけど。
それはいいとして…。
実行するならどこかな、何時がいいかな、とか何回思ったことだろう。
そう思うと、今こうして私が生きているのはなんだか不思議な気がする。
考えるだけ考えて、結局怖くてできなくて。
そして何年も経って今に至るんだもの。
ま、いいけどさ。

ちょっと疲れたので近くのベンチで休憩。
リュックからすっかりぬるくなったペットボトルを取り出して一口。
…彼氏とか、欲しかったな。
あのカップルみたいにさ。
だって幸せなんでしょ?あんなにイチャイチャしちゃってさ。
もし今、あの橋が落下したら…私は助けてあげるのかな。
…ふふ。

なんとなく空を見上げる。
今日はうっすらと雲が出てるね。
月とか星が出てたら良い雰囲気だったのに。
ん、でもおかげで真っ暗だから私が目立たなくていいかも?
じゃあなんであのカップルはキラキラ輝いて見えるんだろう…。

そろそろ行こうかな。
ペットボトルをリュックにしまって一息つく。
そういえばさっきから、遠くのほうで走ってる救急車のサイレンが聞こえてくる。
今私が倒れたら誰か助けてくれるのかな。
あのカップルが…って、それはもういいや。

服をちょっと整えてから歩き出す。
セミじゃなくてさ、秋の虫の音が聞こえてきていい感じだね。
夏は暑いからもういいやって思ってたところだから。
と言いつつ少しだけ額に汗をかいてるけど。

そして到着。
ちょっとした高台になってて、街の明かりが一望できる。
ここは私が、苦しいときに気を紛らわしに何度も通ったところ。
懐かしいよ…ただいまだよ、本当に。

どれだけ苦しんでも誰も助けてくれなくて。
ここをうろうろしても答えなんて出なくってさ。
はぁ、ってため息をついて家に帰ってたんだよね。
ここも景色も全く変わってないんだね。

ちょっと思ったことがあるの。
何年も前に苦しみに来てた場所に、今こうして元気になった私が旅行に来てるんだよ。
過去の私が知ったら驚くのかな。
タイムマシンがあったらな。
あったら…昔の私に会いに行って、思い切り抱きしめてあげたい。
よしよし、いい子だねって。
頑張ってるもんね、大丈夫だからねって。

朝起きたら死んでますように、って何回願ったことだろう。
叶わなったから今があるわけで。
…昔の私へ。
奇跡なんて起きるわけないじゃん。
ま、いいけどさ。

それにしてもここは静かだな。
だから好きだったんだよ。
ほら、あの山の上の明るい建物見える?
あの高層ビルも。
あと…この錆びた手すりも。
何もかも変わってないや。

一方の私はこんなに変わったよ。
元気になったよ。
生きてるんだよ。
誰か、少しは褒めて欲しいなぁ。
もちろん褒めてくれる人なんて居ないけど。
でも偉いぞ、自分。

もう満足したから…そろそろ帰ろうかな。
このためだけにやって来て、明日の朝さっさと帰るってなんて贅沢なんだろ。
でも来て良かった。
…またここに来ることってあるのかな。

昔の自分へ。
生きててくれてありがとうね。
大好きだよ。