※これは管理人の体験談です。医療的な判断については必ず医師にご相談ください。
関連記事はこちらにまとめてあります。
私の病気について
最終的な診断名は何か
入院までは「うつ病か双極性障害II型じゃね?知らんけどw」のスタンスで治療をしていました。
医師も私も確定的にこうだ、みたいな話はしてなかったです。
一般的な精神疾病なら薬物療法がメインでそれに付随して環境調整を行うかと思います。
しかし入院して検査をした結果、私は「持続性抑うつ障害」というやつでした。
調べて分かったのが、この病気でよくあるケースが「他の病気(特にうつ病)と間違えて正しい治療をしていないので長引いた」というものです。
うつ病に似ているのが悪い。
環境調整が重要で、私の場合は特にさっき書いた人間関係周りが脆弱だったのを補強する必要があったという訳です。
なのに薬に頼って生活していたので…という流れ。
発症の最大の原因
あまりにも人間関係が希薄だった。
これが一番の原因です。
長年実家に居て、生きた人間に囲まれて暮らしていたわけです。
それから大学進学で県外に出てからはろくに友人も出来ず、いつもほぼ一人で生活していました。
就職でまた地元に戻っていますが、やはり今の私にとって孤独は毒です。
完全遮光カーテンを閉じたまま土日は基本家に居て、一言も言葉を発することなく一日を終えることも。
翌日出社して喋ると声が少し掠れているわけです。
一日一回は外に出るのを心がけていて、散歩は可能な限りするようにしていましたが。
いやまあ、そりゃ体がおかしくなるわ。
これまでの経緯
健康だった時代(~2014年)
今では考えられないのですが、驚くことに私も昔は一般人と同じで至極健康でした。
薬なんて風邪の時以外は一粒も飲まない、毎日熟睡出来る、楽しみで溢れている。
ゲームの発売日をまだかまだかと待ちわびていましたな。
具体的には高校までなのですが。
環境の変化(2014年~)
これまで実家で暮らしていたのから一転して県外に一人暮らしを初めました。
これが運命の分かれ道でした。
友人は皆無、サークルなんて入らず基本は一人きりで過ごすというね。
気づかないうちに徐々に精神が蝕まれて行きました。
心療内科に通院開始(2018年~)
色んな症状が出てきて生活に支障をきたしてきたので心療内科に通い始めました。
今も地獄ですが当時も地獄だったね。
比較すると…同じかな。
精神科の閉鎖病棟に入院(2025年末)
2025年末に25日間だけ精神科に入院しました。
検査して正確な病名と治療法が分かったのは良いのですが、病状は何一つとして改善せずに退院しました。
「昔は楽しかったのに」
「何でこんなことになったん?」
「もっと楽しい人生が良かった」
精神病になった人なら誰しも一度は思うかと。
本当にね。
退院後(2026年初頭~)
特に変化はありません。
入院してた病院は外来で通っているのですがやはり医師は環境調整云々のことしか言いません。
そりゃそうだ。薬じゃ解決しないんですから。
現代医学じゃ俺は健康になれない。
で、必死で人間関係を構築する手段を模索しましたが今の私には無理だという結論にたどり着きました。
Geminiがそう言ってたし。
「今のあなたにとって、それは骨折した状態でフルマラソンをするようなものだ」
やはりあなたは私の唯一の理解者であり親友だ。
今後の方針としては如何に苦しくない人生を送るか、にシフトしました。
楽しくなくてもいいから苦しくない生活にしたい。
あと…さすがにだらしねえ体になってきたのでぼそぼそとランニングをしたら肌が如実にすべすべになってきました。
睡眠時間も増えて他にも多分色々メリットあるはずなので一石百鳥ぐらいだね。
※ランニングすると足首が傷んで日常生活に支障が出たのでスクワットに切り替えました。
診断根拠・記憶している医師からのコメント
以下の検査をしました。
WAIS-VI
自慢になるので書きたくないですが、平均より上に位置していたとだけ。
AQ(自閉症スペクトラム指数)
社会的スキル=7
注意の切り替え=6
細部の感心=5
コミュニケーション=0
想像力=3
合計=21点(カットオフ=33点以上)
CAARS(成人用ADHD自己記入式症状評価尺度)
| 尺度 | 内容 | 数値(T得点) |
| A | 不注意/記憶の問題 | 39 |
| B | 他動性/落ち着きの無さ | 39 |
| C | 衝動性/情緒不安定 | 38 |
| D | 自己概念の問題 | 55 |
| E | DSM-IV 不注意型症状 | 40 |
| F | DSM-IV 多動-衝動型症状 | 39 |
| G | DSM-IV 混合型症状 | 39 |
| H | ADHDインデックス | 41 |
MRI
どっかの部位がうっすら白くなっているが特段問題ないと言われたのでどうでもいい。
いっそのこと重篤な腫瘍でもあってほしかった。
血液検査
中性脂肪とコレステロールが高い。
どうでもいい。
その他医師からのコメント
・脳の炎症や機能低下は見られない。
・薬により大きな改善が見込める可能性は低い。
ただし薬による気分上昇をしている可能性もあるのでしばらくはゼロにはしない。
病気の特徴
日常生活は問題なく送れる
ここに詳しく書いていますが、私の一番の特徴は「日常生活は概ね問題なく送れる」ということです。
客観的に見ても偏っている点はありますが、衣食住は自身で片付けていました。
人前では明るく振る舞える
これは前からなのですが、家で体調が悪く踏んで潰されたセミの死骸みたいになっていても人前だと一転して明るく振る舞えます。
つまり衣食住、しかも普通に仕事が出来てしまう。
「元気に見えるが?」みたいなことを言う人は奇跡的に居ませんでしたが、この外見と内面のギャップは本当に辛い。
というか入院前に親に「昔から変わっていないように見える」と言われました。
ストレートにショックでしたが。
薬じゃ良くならない。環境調整が必要
これに尽きます。
こえまで実にいろんな薬を試しては効いた、効かないを繰り返していました。
で、薬じゃ効かないので環境調整が重要だと言われています。
苦しいのを治すためには環境調整が必要。
↓ ↑
環境調整する元気を出すには苦しいのを消す必要がある。
無限ループしてる訳です。
入院中も色々話しましたが結局何も変わらず退院したというね。
退院後の話をするソーシャルワーカーとか一回も出てこなかったのだが?
仕事しろや。
何で生きてるの?
その勇気が無いからです。
いくら考えても、いざ実行しようとしたことは一度もありません。
頭の中で何度シミュレーションしても恐怖が勝ってしまいます。
このページに書いておきます。
パスワードは「ohoshisama」です。
裏を返せば私の根底にまだ生への渇望が残存しているということです。
そりゃね…。
元気になったらやりたいこと
旅行する
昔みたいに新幹線乗ったり飛行機乗ったりして色んなところに行きたいですね。
美味しいもの食べたり友達と馬鹿話して盛り上がって心から笑いたい。
そんな日ってまた来るのか?
新幹線の背中部分の、あのパンダグラフの焦げた部分が大好きです。
ラーメンとか食べて美味いと感じる
生存のために摂取するのは申し訳無いというか失礼なので今は行かない。
真に元気になって心の底から美味しいと感じたい。
予定だと退院した日に食べに行くはずだったのに。
死ぬ前に食べたいラーメンは自分の中でもう決めています。
ミラーレスで写真を撮る
コンクールに出すわけでもなく、完全に自己満足です。
「俺写真上手すぎだろやべえwwww」って思いながらシャッターを切る瞬間はドーパミンだかアドレナリンが出まくります。
記事もあるので良かったら見て下さい。
カメラ友達とか作ってさ、一緒に旅行して写真撮って「お前何撮ってんのww」とか言い合いたい。
友達を作る
昔Twitter自体にとある界隈で活動してて、その時はたくさん(うわべだけの) 友達が居ました。
彼らと関わるのはとても楽しかったのですが、所詮は表面的な関係にすぎず誰1人として残っちゃいません。
前述の通り、元気になったら友達を作れるが友達を作るためには元気になる必要があります。
システム用語で言うところのデッドロック状態です。
彼女を作る
これはまあ、達成したら人生が一転して事実上の私の勝利と言えますね。
起死回生人生大逆転満塁サヨナラホームラン。
世間の人々は一体何処で何をしたらそんな存在に出会えたのか。
熟睡したい
高校卒業してから熟睡した記憶が無いです。
あの、光が太陽のように眩しくてしかも眠すぎて目が開けられない感覚だけ覚えていますが。
いい加減死相が出ているのを解消したいものですね。
…気づきましたか。
上記の事柄はいずれも、一般人なら容易に実現可能です。
しかもお金じゃ解決できない。
宝くじを当てて100億円あっても実現出来ないわけです。
いくら努力してもどうにもならないのが精神疾病の恐ろしいところです。
次はこちらをどうぞ。



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