【重要】
この記事は筆者個人の経験に基づく記録であり、医学的な診断や治療を推奨するものではありません。掲載情報による判断は、自己責任でお願いいたします。
関連記事はこちらにまとめてあります。
うつ病に似ている病気だった(これが致命的)
持続性抑うつ障害って適当にググって見て下さい。
うつ病みたいな症状が出るけどいっつもじゃない…みたいな病気です。
で、医師も私も「これは多分うつ病関連の病気だから薬物療法だなww知らんけどwwwww」ってなってました。
前述の通り、医師は方針を変えないし私はそれを盲信していたし。
これが致命的だった…。
これまで何種類もの薬を試してきて駄目だったのになんでまだ薬にすがろうとしたのか…。
この世に楽に治る病気なんてねえぞオラという天使からの死のメッセージだったのだろうか。
「環境調整なんて無理だから薬で元気になれるだろ」と甘んじていた節はあります。
どの精神疾病も環境調整が大切なのは明らかです。
つまりこれまでに安定していたり、薬を変えて効いていたのに突然悪化したりしていたのはその背景にある環境によるものだったと。
…仮に、もし私が生い立ちはそのままで成人してから純粋なうつ病になっていたとします。
特定の薬剤に辿り着いて著効があり、驚く程元気になったとしたらどうなっていたんでしょうね。
私のことなのできっと環境は変えません。
うつ病になる→服薬して復活→環境要因で再発→服薬して復活→…の無限ループになっていたと思われます。
はぁ…。
病院の選択ミス
診察時間が異常に短い
最後に通ってた町医者は一般的な心療内科と違って非予約制です。
当日に突然受診出来るシステムは稀だと思います。
なので基本的にいつ行っても人がいっぱいです。
通常は予約制で、一人に5分とか10分とか枠を設けて話を聞いてくれます。
しかしここは長々と話する時間もなく、適当に切り上げられます。
今思うと医師がその場で思いついた薬を出していただけのように見えます。
人当たりが良い医者だったのと、こっちの話もまあまあ聞いてくれるのでその医師を信用していました。
しかし結果として安定することなく無くだらだら通院し、入院して診断を受けるまで何年も掛かりました。
そこまで持ち込んだのも私がアクションを起こしたからです。
あのとき行動しなかったらまだあの病院でぐずぐずしていただろうね。
医師が具体的な治療目標を掲げていない
今思うとまじでこれでした。
例えばこれまで通ってた心療内科で「寛解」なんていう専門用語は一回も出てこなかったです。
そのおかげで「この病気は治らず、こうして付き合っていくものだ」という100%誤った認識をしていたぐらいです。
・あなたは◯◯病です。
・こういう方針で治療していきましょう。
・駄目だったら、他の病院への紹介も考えます。
この3つが確約されてるなら、その病院は安心と言えます。
というか普通はこうじゃないのか?
人柄が良いことに甘えてしまった
どんなに優しくて神様仏様みたいな人でも…。
まあ私はそれに引っかかったんですけどね。
割とこっちの意見を聞いて薬は変えてくれたり、話は聞いてくれていました。
「ここは良い医者だ」と盲信していたのが悪かった。
Googleマップのレビューも悪くなかったし。
「優しいから」じゃ駄目です。
あなたの命が掛かっています、一蓮托生とでも言いますかね。
私の戦略ミス
セカンドオピニオンが無かった
長らく安定しないなら今の主治医を疑うべく他の医師の意見も聞くべきでした。
近所にセカンドオピニオン外来のある病院はあったのに。
今受けている治療は順当なのか、もっといい手立てがあるのか。
他は知りませんが主治医が「セカンドオピニオンを受けてみたら?」とか言うんですかね?
それって患者からすると匙を投げられたと同義ですよね。
私の勉強不足だった
例えばうつ病なら、数種類薬を試して合うのが見つかって、急性期>安定期>寛解期 みたいな流れが普通かと思います。
私に置き換えると2017年から急性期と回復期にあたるものを数ヶ月単位で繰り返しており、再発防止期にあたるものが無い状態です。
恥ずかしながらそもそも、私はそういった知識に疎かったです。
もしこれを早く知っていたら?
私としたことが、病に慣れきってしまったおかげでまじで勉強不足でした。
「持続性抑うつ障害」なんていうワードは入院して初めて知ったし。
ネットで調べりゃ出てきそうなのになんで長らく知らなかったんだろうか。
停滞していた流れを変えた瞬間
流れが変わったのはなんと患者側である私のアクションによります。
医師側が何年も安定しないのにエスカレーションしない時点で終わってるんですが。
まず、いろんな薬を試した結果最後にとある薬が出ました。
三環系抗うつ薬というやつで、最も古い歴史のある抗うつ薬です。
効果は強めですが、副作用も強めとのこと。
これを出してみると言われた瞬間、私は「医学的に俺はもう手詰まりなんだな」と確信しました。
当然医者はそんなこと言いません。
で、服用して1週間ぐらいで当然ながらものすごい便秘の副作用が出ました。
私はここで運命が動いたのか一世一代の何かが起きたのか分かりませんが、その次の診察でキレ気味にこう言いました。
・セカンドオピニオンを受診したいので診療情報提供書を書け。
・治るなら何でもする。
・本当にいい加減何とかしたい。
するとようやく医師は他院への紹介状を書いてくれました。
あと、「この世の全ての薬が効かなかったらどうするんだ」と問いただすと初めて医師から「電気けいれん療法(mECT)とかまだ手はあります」との言葉が。
初めて聞きました。
そしてそれが、私が深海よりも暗い状況で希望の光を見出した瞬間です。
最後に
(´;ω;`)エーン
次はこちらをどうぞ。


コメント