【体験談】精神病になって得たもの / 学んだこと

【重要】
この記事は筆者個人の経験に基づく記録であり、医学的な診断や治療を推奨するものではありません。掲載情報による判断は、自己責任でお願いいたします。

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精神病になってから嫌と言うほど苦しんで来ました。
そんな中で勝ち取った(?)事柄です。

得たもの

苦しさに対する共感力

病気になった人にしか分からない地獄の苦しみを経験できた、ということによります。
負け犬の遠吠えに聞こえるかもしれませんね。

世間の強い人(肉体ではなくメンタル)は、得てして痛みや苦しみを知らない人が多いように思えます。
ず太い。無神経。長生きしそう。俺が嫌いな系の人。
一方我々のような超センシティブな人は少しのストレスで傷が付きます。
生まれたての桃の皮を想像してね。

同じく精神疾病で苦しんでいる人を見るとその気持ちが十二分に分かり、手を差し伸べたくなります。
私も誰かに手を差し伸べてほしいんですけどね。これまでろくに助けられることが無かった。
そもそも思い返すと私は常に助ける側だった。
徳なんて積んでも意味ないってことです。

というか昔から持病が多く、中耳炎で何回も手術したりアトピー性皮膚炎で全身がすごいことになったり。
中耳炎の鼓膜切開術でチューブを入れるやつはまじで痛かったです。
鼓膜にメスが入る瞬間にシャリッて素敵な音がするんですよね。
新聞紙に新しいカッターで切り込みを入れるイメージ。
その瞬間ズキィィィィンンと痛いし。
耳になんか液体を入れて麻酔掛けてるけどあれは絶対効いてないぞ。

あと嫌いなのはインフルエンザとかの検査か。
あれは好きなやつおらんだろ…。
書くと長いので不幸自慢はこれまでにします。

メタ認知能力

要するに物事を一歩引いた視点から観察する能力です。
検索したらいっぱい出てきます。
具体的なトレーニング方法も書いてありますが、精神疾病で苦しんだ結果このスキルを自ずと身につけることもあるとか。
そりゃ、苦しい助けてどうしたらいい…と四六時中頭の中でぐるぐる考えてりゃね。

常に一歩引いてしまうので、初詣とかキャッシュバックとかマイナスイオンとかではしゃげなくなりました。
騙されたり詐欺に遭うリスクは減ると思うので良いと思いますよ。
逆に騙したり嘘を吐くのは嫌いです。

学んだこと

精神疾病は目に見えないから不公平

骨折、出血、その他病変。
外傷なら目に見えます。
目に見えなくてもCTなりMRIなりしたら脳内の腫瘍だって異物だって容易に見つけられます。

しかし。

苦みを初めとした諸症状は全て主観的なので外見に出ず個人の脳内で完結してしまいます。
血液検査で数値◯◯以上ならうつ病ですね~なんて指標は現時点で確立されていないし。

以前親に「昔から変わったようには見えていない」と言われてショックを受けました。
人前だと明るく振る舞えてしまう体質だったのもありますが。
よく、うつ病になると顔が暗くなるとか言いますがあれは一体?
私は目のクマが凄いのだが?

この理不尽さを受けた経験を書くと、まず他院への紹介状を書いてもらってから入院まで2ヶ月かかりました。
これが何を意味するか分かりますか。
仮に私が複雑骨折して大量出血してたら、即座に病床が確保されますよね。
「薬出すんでそれ飲んで様子見てくださいね😊お大事に🫡」で家に帰されることがありますか??

一方の私は2ヶ月も待たされました。
精神疾病は後回しにしてもいいだろという考えの裏返しです。

この期間私がどれだけ苦しんだことか。
1日が永遠のように引き伸ばされて、まじで無期懲役の苦しさを体感しました。
いつまで経っても時間が経たない、1日が終わらない、日付が進まない。
このフラストレーションが爆発して、夜間緊急外来に行く羽目になったこともありました。

病床確保についても医師が悪い訳でなく、病院が悪いわけでもなく、精神疾病の根本を突いた構造の問題かと思います。
まぁ酷いですね。

誰も「本気で」自分のことを助けてくれない

色々頼ったつもりですが、本気で自分を助けようと尽力してくれる人物に会うことはありませんでした。
当然ですが結局世の中、自分以外の人間は他人です。
医者からしても私はお客さんであり、親からしても私はただ可愛がるために産んだだけの生き物です。

自分のことは自分でどうにかするしか無い。
そのおかげでどんなことも一人でこなす術を得ました。
業務で例えばプログラミングでハマっても調べまくって対処したり。
おかげで環境構築とかはだいたい行けるという謎の自信を得ました。

あとこんな思考も湧きました。
「私がこの世の主人公の訳が無い。じゃあ他の誰かが主人公だったとして、なぜ私を助けに来てくれないのだろうか。」

思い返すと人生で誰かを助ける立場にあるほうが多かったと思います。
しかし自分が救われる場面は少ない。
体感で99:1ぐらいですかね。
徳を積んでも全く意味ないってことです。

奇跡なんて起きない

当たり前ですが、奇跡なんてこの世に存在しません。
ある日突然彼女が出来るわけもないし、ある日突然病気が治るわけもありません。
奇跡に縋るのは全くもって無駄です。

それでも私は馬鹿なので本当に苦しいときは縋ってしまうんですけどね。
朝起きたら死んでないかな~とか何回思ったことでしょうかね。
入院中も奇跡にすがってこのブログを書いていました。
「これを見た誰かが、声を掛けてくれないかな」って。
そんな人居ませんでした。

ついでに宝くじも当たりません。
いつぞやの年末ジャンボは15枚(4,500円)買って300円しか当たらなかった。
親曰く「買わんと当たらん」とのこと。
いやでも、いつだかは支払い以上の当せんがあって儲かったこともあるぞ。


行動しないと変わらないが、結果が伴う保証もない

私は常々、友達/彼女が欲しいと思っていました。
しかし普通に生きてたら外部の人間と接触することなんてありません。

マッチングアプリに2ヶ月で18万溶かしても成果が無かったり。(恥ずかしい話だな)
SNSで仲良くなった人たちも何らかの気に食わないことがあって全員切り捨ててきたり。
現時点で残ったのは親族と、極小数の仲のいい会社の同僚です。

結果が伴うのはせいぜいダイエットぐらいですかね?と書こうとしましたが私の場合薬の副作用で無限に太っていきます。
運動しても多分痩せないので俺の人生は終わってます。

SNSで助けを求めても無駄

入院中に本気で苦しくて、病棟ルールで禁止されているSNSをこっそり使って助けを求めてみました。
で、作りたてほやほやのXアカウントでこんな投稿をしたらどうなったと思いますか。

「本気で苦しい助けて」
「神様お願いいい加減助けて」
「誰でもいいから」

まあ結果は言わずもがな。
当たり前やねんな。

そもそもSNSの投稿なんてあっという間にタイムラインに沈んでしまいます。
大体、苦しい苦しいと投稿してる人なんて腐る程居ます。
そんな中で奇跡的にわしの投稿を見て、プロフィールに貼ったこのブログのリンクを辿って…みたいなシンデレラストーリーは起きないわけで。

まあ藁にも縋りたかったということです。
そもそも縋れる藁があっただけ感謝しましょう。
世知辛いな。

言葉を掛けられても症状は楽にならない

「やる気が出ない、喜びを見い出せない、そんな症状はすべて病気のせいです。」

は?って話です。
健常者に何を言われても私の心は微塵にも動いたことがありませんでした。
何を言われてもね。

特に苛ついたのは「死にたい気持ちはうつ病のせいです。」というやつ。
それは事実なのは認めますが、だからと言って今この瞬間に苦しいのが変わることはありません。
だから何だ?いいから俺を助けろや。

私が極限まで苦しくなったときがあります。
2018年の夏でしたかね。
脳内と自身の空間360全方位から希死念慮が襲ってきた感じです。

じゃあ私は当時誰にどうしてほしかったのだろうか?と思い返しても何も思いつきません。
彼女でも居て抱きしめて欲しかったのかと言われると違うし。

私が居なくなったところで世界は何も変わらない

まあ当然ですね。
世界にとって私は歯車の一つにすぎません。
当初はそりゃ、親族とか会社とかに影響が出ますがそんなの一過性です。
しかも世界、いや宇宙からみたら私の存在なんて微細すぎる事象です。

私が消えたらこの世は崩壊すると思っています。
そうでなくとも、事実として事後のことを懸念する必要なんて無い。
どうでもいいですけどね。
この考えが変わる日が来るといいのですが。

命を削って働くな

仕事で死ぬぐらいなら他の原因で死んだほうがましです。
業務で死にそうなら遠慮なく休職したほうがいいです。
我々は何のために働くかというと、有給で休んで得た金で遊ぶためです。

そのための手段に圧殺されるなんてまぬけな話はありません。
仕事なんてどうにでもなります。
あなたが抜けた穴を埋めるのをどうにかするのが会社の仕事です。
我々は所詮社会のちっこい歯車ですので。

業務が死ぬ程属人化しててもなんとかなります。
長らく生きてて思うのは、だいたいなんとかなるという事実です。
会社で3回も大事故(交通事故じゃなく、業務ミス)を起こしても別に殺されるわけでもないし。
語ると長いので省略します。


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